"The Art of Listening" & ECM
『WIRED』日本版が昨年だしたコンピレーション『The Art of Listening vol. 1』。
これについては前にもブログを書いたんだけど、今回はそこから考える音響、そしてArt of ListeningなECMについて。
この企画によせてWIRED日本版編集長の若林さんはこう述べている。
デジタルテクノロジーの普及以降、これまで音楽商品を規定していたジャンルやタームは、急速に意味を失いつつある。言葉から開放され、生き生きと自由を求 めはじめた音楽は、言葉をいよいよ遠くに置き去りにする。いま、聴き手であるぼくらは、なにを手がかりに音楽を「つかまえる」ことができるだろう。ビョー クはかつて、こんなことを語った。「音楽は、『構成』(Plot)や『構造』(Structure)から離れ、『テキスチャー』(Textures)へと向かっている」。それは、Oneohtrix Point Neverの、こんな言葉と呼応する。「音楽は、彫刻や文学により近づいていく。有用性から離れ、自律して存在するものになっていく」。 ふたつの言葉が、このコンピレーションの起点となっている。過去の分類上、「ジャズ」「現代音楽」「ミニマル」「エレクトロニカ」として扱われてきた音楽 を、テキスチャー、つまり音像や響きの親近性において収集し、シークエンスしたのが本盤だ。ここでの主題は、音楽そのものではなく、あくまでも「聴きかた」にある。ぼくらの「耳」はどこまで自由か。「The Art of Listening=聴く技法」というタイトルには、そんな問いが含まれている。
このコンピレーションの中心となっている考えかた、「過去の分類上、「ジャズ」「現代音楽」「ミニマル」「エレクトロニカ」として扱われてきた音楽 を、テキスチャー、つまり音像や響きの親近性において収集し、シークエンスした」という点について「これって音響派の考えなんじゃないの?」と僕は思った。
そこで本題に入る前に音響派について考えてみる。
音響派
「音響派」という潮流について、僕の拙い知識では説明しかねるのでまずは詳しく説明したページを見てみる。
抜粋すると、
「低廉化したサンプリング機材やコンピュータなどを用いて行う、音響素材の直接的操作と構築といった制作手法を特徴とし、はっきりしたメロディや和声を構成するよりも、音響の微妙なテクスチャーを重視した一連の音楽を指す。」
「音楽を旋律や和声、ビートの側面から捉えるのではなく、その響きそれ自体に焦点を定める聴取の姿勢は、既存の音楽に対する見方の転換を促すことにもなり、ジョン・フェイヒイJohn Fahey(1939―2001)などの過去の音響派的な音楽家の再評価にもつながった。」
なるほど。
この考え方でいくと確かにこのコンピレーションに収められているArcaやOneohtrix Point Neverの音楽は音響派といえるかもしれない。
「テクスチャーと響きの時代」という言葉が示すように、最近の音楽の流れとして和声やメロディ(ここに更に"言葉"を含めても良いかもしれない)よりも音響そのものに重点をおいている音楽が多いように思う。
少し飛躍するとこれはコンテクストを排した音楽の聴き方とも言えるんじゃないか。
この考え方って実はいわゆるジャズの聴き方とは正反対な位置にあるもののような気がする。
例えば伝統的な(そして現在でも主流の)ジャズにおいては、まずテーマメロディとコード進行に則ったアドリブ・ソロが大きな枠組としてあり、アドリブにおいては膨大な過去の蓄積からの引用が喜ばれたりとまさに和声とメロディをそしてコンテクストを重視して聴いているといえるのではないか。
ではこの響きを重視した聴き方はジャズには適用できないのだろうか。
これを考えた時に真っ先に思いついたのが、ドイツの老舗レーベルECMだ。
ECM
ECM(=Editions of Contemporary Music)は1969年に設立されたレーベル。
馴染み深いところで言えば、Keith Jarrettのスタンダード・トリオ諸作やChick Coreaの"Return To Forever"、近年のリリースではMark TurnerやVijay Iyer、Chris Potter、Aaron Parksなど注目のアーティストが集まっている一方で、1969年の設立から現在までジャズ界においてカタログの質・量ともに最大級でありつつも、つね に「例外」だったレーベルがECMだと思う。
ECMレコードを考える時、やはり最初に浮かぶのは「The Most Beautiful Sound Nest To Silence(沈黙の次に美しい音)」というコンセプトと「クリスタル・サウンド」と称される美しく荘厳なリバーブ(残響)のきいたサウンドが第一であることはもはや説明不要であるように思う。
レーベル主宰マンフレート・アイヒャーの美学によって選別されたECMの音楽はどれもその響きが一番の魅力だ。
Art of Listening的な、音響派的な音楽を考える時、ECMはサウンドの面においてもっと評価されるべきレーベルなのではないか。
今回は近年のECMのカタログから音響派として聴くべき作品を幾つか紹介したいと思う。
Colin Vallon / Le Vent
スイス生まれのピアニストColin Vallonによるトリオ作。
プリペアド・ピアノやシンバルの響き、ベースのサウンドなど計算され尽くしたテクスチャーはまさに今回のテーマを体現するようなサウンド。ドラムスの丁寧な音使いとECM特有のリバーブもあいまってハッとするような瞬間が沢山つまっている。
Christian Wallumrød Ensemble / Outstairs
ノルウェーのピアニストChristian Wallumrodのアンサンブル作品。
バロック音楽・現代音楽・アンビエントなど様々な音楽の要素をごちゃまぜにしたようなサウンドを自身は”一種のチェンバー・ミュージック”と称している。寄り添っているような、いないようなサウンドがリバーブの奥で混ざり合う様がとても心地よい。
Jacob Young / Forever Young
ノルウェーのギタリストJacob Youngによるアルバム。
近年のECMにおける人気ピアニストを招いたこのバンドの聴きどころはやはりピアノとギターの関係性であろう。一見普通のジャズの録音に聞こえるけれど音使いに細やかな配慮が感じられる。
Nik Bärtsch's Ronin / Llyria
スイスのピアニストNik BartschのバンドRonin(浪人)。
響きの美学とファンクが出会って、ミニマルにチル・アウトしていくようなこのバンドはフィジカルな音楽としてとらえることも出来るかもしれないけれど、録音作品におけるテクスチャーの配置へのこだわりは尋常ではない。現代音楽からヒップホップまで様々な要素が展開していく様は圧巻。
加えて前回紹介したJakob Broの新作もここで挙げないわけにはいかないだろう。
Jakob Bro / Gefion
おわりに
今回は音響に重きをおいたサウンドと聴き方。そしてそれを踏まえた上でもう一度ECMの魅力について考えてみました。
この『The Art of Listening』の考え方とECMが僕の中で結びついたきっかけとしてはColin VallonとChristian Wallmurodのアルバムが一番のきっかけなんだけど、それはどちらもテクスチャーと響きにどこかOne OhtrixやArcaに通じるものを感じたからなんです。原雅明さんは『Jazz The New Chapter 2』のなかで「ECMがリリースする作品において、実際にエレクトロニクスが使われているわけではないのに、時折エレクトロニック・ミュージックを聴いているような錯覚に陥ることがある。」と語っているけれど、まさにそれと同じようなもの。加えてArcaやOne Ohtrixの音楽の魅力の一つには響きを重視すると同時に聴いている人の予測・期待を裏切るとのがあると思うんですね。それもアブストラクトな形でなく。その点で共通の魅力を感じたのがChristian Wallmurodの作品でした。というかこれってジャズ本来の魅力だ。
そう考えるとECMは王道ジャズのサイドや近年のブラック・ミュージックによっていったジャズとは違った方向性で、今まさに時代の最先端となったことをずっとしていたレーベルなのかもしれない。
多分これからのECMはジャズのサイドよりもむしろ音響的な音楽の面で再評価されていくんじゃないかな?というのが僕の予想です。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。